扉ひらく音聞くたび迷っても
それでも電車は走り出す...
今すべてを忘れることが
できるなら このムネをさいて
君という存在を忘れることが
できるのだろうか?
心はやり場もなく 誰かをキズつけて
見えない自分の心に 背を向けた
それでも消えないこの想い
1枚きり 君の写真 捨てたけど
それでも消えないこの想い...
今日の1曲は、コブクロ「Bell」
(詞・曲:小渕健太郎)でした。
YouTubeはこちらからどうぞ。
コブクロのメジャーデビューシングル両A面の
マイナーな方の曲ですが、僕はこの曲いいですね。
メジャーな方の曲は「YELL」です。
昨年末のレコ大、そして今年春の選抜高校野球の入場曲内定と
このところノッているコブクロのお2人に僕ものってみました。
さて、昨日1月14日(月)は「成人の日」でした。
勤労青少年ホームの新成人の皆さん、
本当におめでとうございます。
ありきたりな言葉ですが、
これから苦しいことも辛いこともたくさんあると思います。
そして、楽しいこともきっとたくさんあるはずです。
いつも強い気持ちを持って生きていきましょう。
ただ生きるのではなく、人として、日本人として
「よく生きて」いきましょう。
きっと誰もが君のことを愛しているし、
きっと誰もが君のことを大切な存在だと思っている。
だから、もっと強くなろう。もっと優しくなろう。
もっとよく生きよう。
そして、素敵な恋をしましょう。
昨日は僕も、自分の成人の日の頃を少し思い起こしました。
もうだいぶ昔の話になってしまいましたが。
僕の時の成人の日は1月15日でした。
2000年からは「ハッピーマンデー」により
1月第2月曜日となってしまいました。
僕は「ハッピーマンデー」という制度には
どちらかといえば反対です。
祝日にはその日が祝日たる理由があるもので、
それを連休になるからといって毎年いじくるという制度は
いかがなものかと思っています。
例えば、「体育の日」が10月10日だったのは、
1964年開催の「東京オリンピック」の開会式が
10月10日だったからです。
この「東京オリンピック」は、
戦後日本の国際社会の表舞台への華々しい復帰を
より確実なものにした一大イベントであったのに、
「ハッピーマンデー」ではそうした意義が忘れられていってしまう。
「ハッピーマンデー」は、「ゆとり教育」といった愚策に並ぶ
日本国民総愚民化政策の一環かとも勘ぐりたくなります。
ちなみに「成人の日」が1月15日とされたのは、
その日が小正月であり、かつてはその小正月に
「元服の儀」が行われていたということに由来するようです。
でも、こんなふうに書いておいてなんですが、
「成人の日」に関しては
一概に反対とも言い切れないところがあります。
ハッピーマンデーで連休となることにより、
故郷を離れている新成人も、
故郷に帰り親元で成人の日を迎えられるという
大きな利点があるからです。
自分が親になったことを想像しても、
目の前に見る大和撫子に成長した我が娘の振り袖姿は
涙が出るほど嬉しいものだろうと思いますから。
(何故か、娘の前提ですが...)
僕の時を思い起こすと、
成人の日の1月15日は火曜日でした。
仙台でのんびり大学生をやっていた僕は、
前日の夜に会津に帰り、
当日は式には出席せず、自宅でラグビーの日本選手権を
テレビ観戦。思えば神戸製鋼7連覇の真っ只中。
学生が社会人には全く敵わなくなったのもこの時期でした。
夜は中学校の同級生たちとの同級会。
卒業して約5年、久しぶりに会った先生や級友との楽しい飲み会。
大いに盛り上がったことを今でも覚えています。
1次会で大騒ぎ、2次会で大はしゃぎ、
ヘロヘロになりながら雪道を帰りました。
でも、曜日が曜日だけに
仕事があって帰れない、大学の試験期間中で帰れない
といった友人も数多くいました。
それを思うと、今の祝日のあり方も悪くないのかなと
納得してしまう僕なのです。
気持ちを引き締める成人の日のことを書いたのに、
締まらない文章になってしまいました。すみません。
新成人の皆さん、本当におめでとうございます。
新成人の皆さんに
幸せな未来が待っていますように。


新日鉄釜石の7連覇は、
78年度の第16回から
84年度の第22回まで。
この当時の僕はまだ小学生→中学生でした。
神戸製鋼の7連覇は、
88年度の第26回から
94年度の第32回まで。
この間に僕は成人の日を迎えました。
そんな僕はかろうじてまだ
30代でございます。
では今度の講座で